Movement Disorder Society, Japan(MDSJ)の設立にともに尽力された順天堂大学越谷病院院長の水野美邦,香川県立中央病院神経内科主任部長の山本光利の両氏の,パーキンソン病の薬物療法をめぐる最近のエビデンスに基づいた現状の課題と今後の展望についての討議で勉強しました。
パーキンソン病治療の最前線 ―その後の新しいClinical Trial― 現在においても,パーキンソン病の薬物療法は対症的治療ではあるが,最近の大規模臨床試験の結果,一部のパーキンソン病治療薬が神経保護作用,disease modifying effectを有する可能性があると示唆されている。 こうした見解が妥当であれば,より早期からの治療介入の有用性が期待されるが,同時にジスキネジアの予防を視野に入れた治療開始薬の選択,投与方法の工夫など課題も少なくない。 L-DOPAの有用性と問題点を明らかにしたELLDOPA study 水野 本日は,山本先生とご一緒にパーキンソン病の薬物療法をめぐる最近のエビデンスを振り返りながら,現状の課題と今後の展望について語らいたいと思います。 まずは,長くパーキンソン病治療のゴールドスタンダードとして使用されてきたL-DOPAに対して新旧の知見を検証した,ELLDOPA studyについてご説明いただけますか。 山本 ELLDOPA studyは,プラセボ対照の二重盲検比較試験でL-DOPAの効果と副作用を改めて確認し得た,エビデンスレベルの高い試験と言えます。 パーキンソン病と診断後2年以内で,パーキンソン病治療薬服用歴のない患者361例を対象に,レボドパ・カルピドパ合剤の用量別に150mg/日群,300mg/日群,600mg/日群,プラセボ群に分けて40週投与し,投与中止後に2週間の休薬期間を設けて観察しました。 その結果,UPDRSで評価した運動症状は用量依存的に改善したと報告されています。 2週間のwash out期間後は,いずれの群においてもUPDRSスコアが悪化しました。 ところが,注目すべきことに,実薬群ではUPDRS総スコアがプラセボ群と同レベルにまで悪化しませんでした(図1)。 したがって,L-DOPAを初期から投与することによって進行が抑制された可能性があると理解する専門家もいるということです。 一方,wearing off,ジスキネジアといった運動合併症などの副作用も用量依存的に発現しています(表)。 また,β-CIT SPECTによる神経終末機能の評価も行っており,線条体でのβ-CITの取り込みが,プラセボ群に比べて,L-DOPA投与群で低下している傾向がありました。 β-CIT SPECTはL-DOPA服用中に行われていたことも結果の解釈を困難なものにしています。 このように,臨床効果と画像評価が矛盾する結果をどう解釈するかが1つの議論となっています。 試験期間,休薬期間ともにより長く設けて検討しなければL-DOPAが神経保護的に作用したとは言い切れないと思います。 しかし,本試験によりL-DOPAの有効性と問題点が明確に示された意義は大きいと考えています。 L-DOPAによるDisease modifying effect−高用量でのみ効果を維持− 水野 2週間の休薬後もUPDRSスコアがプラセボ群と同レベルにまで悪化しなかったことから,L-DOPAには少なくともdisease modifying effectがあり,パーキンソン病初期からの投与が,病態進行の抑制に有用であることが示唆されました。 その機序が神経保護作用か,脳の可塑性の変化なのかは明確になってはおりませんが,症状を緩和する効果が示されたことは意義深いです。 また,UPDRSでみた運動症状の改善は150mg/日群で6か月,300mg/日群では9か月でベースラインに戻っているのに対し,600mg/日群のみが9か月以降も改善を維持していました。 しかしながら,副作用をみてみると150mg/日群,300mg/日群ではwearing offもジスキネジアもプラセボ群と差がないのに対し,600mg/日群ではwearing offが16.5%,ジスキネジアが29.7%に発現しています。 つまり,L-DOPA単独で運動症状の改善を9か月以上の長期にわたって維持するには,600mg/日という高用量の投与と,それに伴うwearing off,ジスキネジアのリスクを考慮する必要があります。 山本 欧米人より体格の小さい日本人にL-DOPAを600mg/日という高用量で投与すれば,よりwearing off,ジスキネジアが発現しやすくなるでしょうね。 水野 L-DOPA300mg/日単独投与で全ての患者さんの症状が十分に改善するわけではありませんし,改善しても,効果を維持できるのはせいぜい1年に過ぎません。 150mg/日単独投与であれば半年です。L-DOPA少量単独投与の有用性を検証するには, UPDRS Part IIなどの評価も併せて行い,UPDRS totalスコアはベースラインに戻ったとしても自覚的な改善は維持しているかどうかといったデータが欲しいですね。 また,L-DOPA300mg/日で開始し,症状の改善が思わしくなくなった時点でドパミンアゴニストを併用するのも1つの方法だとは思いますが,こうした治療を一般に行うためにはエビデンスをつくる必要があります。 早期治療介入の妥当性TEMPO studyで明らかに 山本 同様にTEMPO studyでは, MAO-B阻害薬のラサジリンが神経保護作用を有する可能性が示唆されています。 同試験は,パーキンソン病早期で,抗コリン薬をのぞく,パーキンソン病治療薬では未治療の患者を対象に行いました。 ラサジリン1mg/日群,2mg/日群,プラセボ群に分けて6か月間投与し,最初から実薬投与を受けている群をearly start群としています。 その後,プラセボ群においてもラサジリン2mg/日群の投薬を開始し,これをdelayed start群と分類しました。Delayed start群においてラサジリン投与を開始して6か月後(試験開始1年後)にdelayed start群とearly start群のUPDRSスコアを比較しました(図2)。 結果を見ますと,delayed start群はearly start群をキャッチアップできず,early startの2mg/日群がdelayed start群に対してUPDRSスコアを2.29ポイント,early startの1mg/日群は,delayed start群に対して同スコアを1.82ポイント改善しています(図3)。 ラサジリンが対症効果のみを示すのであればearly start群とdelayed start群のUPDRSスコアは同等になるはずですが,報告により,ラサジリンはdisease modifying effectを有する可能性が示唆されました。 しかし,これがラサジリンの神経保護作用を証明したかといえば,そのように結論付けるのはなかなか難しいと思います。 水野 しかし,機序はどうであれ患者さんの運動症状をより早く治療しておいたほうが,ADLを長期に維持できるだろうと考えています。 山本 TEMPO studyの意義は,ラサジリンに神経保護作用があるかどうかより,例えばドパミン関連の神経細胞を休ませるといったことも含め,早期の治療介入が結果的によい方向に働く可能性を示したことにあると思います。 その意味では,振戦や歩行障害などによって患者さんのADLが低下し,日常生活に支障を来した時点で薬物療法を開始するという従来の考え方は再検討を要する時期に来ているのではないでしょうか。 水野 早期から症状を改善したほうがよいと私も考えています。 従来の薬物療法の考え方は,L-DOPAは患者さんの人生で最も必要な時期に合わせて使ったほうがよいというものでした。 その流れは大きくは変わってはいないと思いますが,最近,パーキンソン病治療薬にdisease modifying effectが期待しうることが知られてきたことから,患者さんに「あまり長く治療を待つよりは早く始めたほうがいいですよ」と勧められるようになりました。 山本 治療の進歩というのは,何も新薬によってのみなされるものではなく,既存の薬剤をどのように使って患者さんによりよい状態を提供できるかを考えることによってもなされると考えます。 その意味でも,disease modifying effectというコンセプトは頭に入れておく必要があるのではないでしょうか。 若年者においての治療開始薬はドパミンアゴニストが有用 山本 ところで,パーキンソン病の治療開始薬はドパミンアゴニストか,L-DOPAかという問題は,ドパミンアゴニストの登場以来,結論の出ない問題です。 ロピニロールの10年スタディ〔Hauser RA. et al: Movement Disorders. 22(16): 2409-2417, 2007〕の結果では,ジスキネジア全体の発現頻度はドパミンアゴニストで始めた群のほうがL-DOPAで始めた群より少なかったことが報告されています。 ただし,障害となるジスキネジアの発現頻度は両群で有意差は認められませんでした。 このことが,パーキンソン病の治療開始薬はドパミンアゴニストかL-DOPAかという問題を考えるうえで,1つの参考にはなるのではないかと思います。 したがって,特に比較的若い方の場合,やはりドパミンアゴニストで治療開始することが望ましいと考えています。 水野 ELLDOPA studyでdisease modifying effectが示唆されてから,L-DOPA治療を早く開始しても良いのではないかという風潮がありますが,治療開始薬はL-DOPAかドパミンアゴニストか,という問題に関して,本試験では何の証明もし得ていません。 ただ,今はL-DOPAを見直すよい機会ですし,現行のエビデンスにしたがってドパミンアゴニストから治療を開始したとしても,あまり単独で長く治療を引っ張らずに,できるだけ早期にL-DOPAを併用したほうが患者さんのためにはいいのではないかと思います。 ドパミンの持続的刺激でジスキネジアは予防できるか 山本 最近,パーキンソン病治療薬の長期使用に伴うジスキネジアの発現を予防するうえでcontinuous dopaminergic stimulation(CDS)という概念が注目されていますね。 水野 通常のL-DOPA内服のようにドパミン受容体を波状的に刺激する,いわゆるpulsatile stimulationは,長期的にはジスキネジアを引き起こす原因となるという仮説があります。 この仮説に基づき,持続的にドパミン受容体を刺激することによりジスキネジアが予防できるのではないかというのがCDSの概念です。 L-DOPAの持続的な静注などにより,本当にCDSが達成されればジスキネジアはある程度予防できるという印象をもっていますが,経口薬のみでのCDS達成は至難の技でしょうね。 山本 動物実験で血中ドパミンを高濃度に持続させると,ジスキネジアが予防できるというデータがあります。 これがヒトで可能であればジスキネジアの予防につながると思いますが,現実にはL-DOPA,エンタカポンはいずれも半減期がきわめて短いため,経口薬である限りは頻回投与を行ってもCDSの達成は難しいのではないでしょうか。 水野 エンタカポンはプラセボと比較してL-DOPAの血中半減期を延長するものの,L-DOPAの血中濃度そのものは上昇させません。 つまり,L-DOPA単独の作用時間が2時間半から3時間であるとすれば,エンタカポンはそれを30分ほど延長させたあと,再び治療域以下の血中濃度に戻ってしまうのです。 したがって,1日4回の経口投与でCDSを達成するのは容易ではないでしょうね。 ただし,まもなく結果が示されるであろうSTRIDE-PD study(L-DOPA,カルビドパ,COMT阻害薬であるエンタカポンの合剤の試験)で,ジスキネジアの予防効果が証明されれば,その結果は尊重しなければならないと思います。 ドパミンアゴニストはジスキネジアが低頻度 山本 CDSの達成はL-DOPAでは難しく,さりとてMAO-B阻害薬で中枢のCDSが実現できるかというと,これもなかなか容易ではなくて,むしろジスキネジアが悪化する例が多いと言われています。 水野 論理的にいえばロングアクティングのドパミンアゴニストでCDSを達成できるのかもしれませんが,ドパミンアゴニスト単独で長期にわたって患者さんの満足を得るのは難しいでしょう。 山本 CDSはCOMT阻害薬の登場とともに普及してきた概念ですが,持続的にドパミン受容体を刺激するという特徴は,遡るとドパミンアゴニストに期待されたものですね。 水野 おっしゃる通りです。 もともと,ドパミンアゴニストにはジスキネジアの発現が少ないわけです。 山本 ドパミンアゴニストで治療中の患者さんにL-DOPAを併用すると,その直後から明らかにジスキネジアの発現頻度が高まります。 やはりL-DOPAによるpulsatile stimulationには問題があるのではないでしょうか。 水野 Pulsatile stimulationを信じれば,L-DOPAを最初から使うことはいくら少量でもよくないということになります。 ただ,priming effectというのは,MPTP処置をしたサルにおいていわれていることなので,本当にパーキンソン病患者さんでそのようなことがあるかは未知数です。 そのことを念頭に置けば,最初からL-DOPAを使ってもいいかもしれないとは思うのですが,そのためにはエビデンスを作る必要があります。 例えば,L-DOPA300mg/日で治療を開始し,効果が不十分になった時点でドパミンアゴニストを併用する,あるいはドパミンアゴニストで治療を開始し,効果が不十分になった時点でL-DOPAを併用する。 そのうえで,どちらのグループがUPDRSの改善に優れ,ジスキネジアの発現を遅らせられるかを検討することは,意義あるトライアルだと思います。 山本 一方で,患者さんにとってジスキネジアはそれほど問題であるかという議論もあります。 ジスキネジアはL-DOPAがよく効いている証拠だし,QOLもよいという肯定的な論文があります。 水野 私もそう思います。 Wearing offとジスキネジアがある患者さんを対象にアンケートを行い,L-DOPAを多めに服用してジスキネジアが発現した状態と,少なめに服用してジスキネジアは消えたもののoffがある状態のどちらかを選んでいただいたところ,80%以上の患者さんがジスキネジアがあってもL-DOPAを多めに服用すると回答したと報告されています。 ただ,ジスキネジアそのものは,患者さんやご家族にとって悩ましい副作用であることは確かですので,ジスキネジアを発現させないということが重要です。 吸収障害を予防するための投与法の工夫 山本 L-DOPAに関しては,経口投与して中枢に移行するまでに吸収障害など多くのファクターが介在するだけに,治療が難しくなるという側面があると思います。 先生は,例えば予期せぬときに起こるno-on,delayed on現象などについては,どのように対処されていますか。 水野 No-on,delayed on現象は,おもに消化管からの吸収障害が原因ですので,私はL-DOPAを食前・空腹時に水に溶かして服用することをお勧めしています。 また,wearing offやジスキネジアが発現した場合,レボドパ・カルビドパ配合剤を水に溶かして1時間おきに服用すれば,ある程度血中濃度が維持できると指摘する専門家もいます。 水に溶かしたものであれば,ジスキネジア発現時には,例えば1回の投与量を100mgではなく75mgとか60mg台に減量することも容易にできます。 こうしたことは,パーキンソン病を治療している多くの専門家がすでに試みていることと思います。 出典 Medical Tribune 2009.2.12 (一部改変) 版権 メディカル・トリビューン社
by wellfrog3
| 2009-03-30 00:46
| 神経内科
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