メタボリックシンドロームと発がん

高松宮妃癌研究基金第39回国際シンポジウム
メタボリックシンドロームの発がんへの関与と機序について研究が進む

肥満はメタボリックシンドロームの1要素であり,心血管系疾患の危険因子として知られているが,近年,同シンドロームとがんリスクとの相関が指摘されており,活発な研究が行われている。
東京都で開かれた(財)高松宮妃癌研究基金による第39回国際シンポジウム「メタボリックシンドローム:発がんへの関与と予防」(司会=国立がんセンター研究所・若林敬二所長)のセッション「疫学研究:インスリン抵抗性とがん」では,肥満,糖尿病,脂質代謝異常とがんとの関係を中心に多くの疫学研究や動物実験の結果が報告され,活発な議論が交わされた。

インスリンとインスリン様増殖因子が大腸発がんに関与
肥満と脂質代謝異常との関連性は以前から指摘されており,特にインスリン抵抗性がもたらす影響に注目が集まっている。
また近年,肥満や運動不足,西洋風の食事とがんの相関性を示唆する疫学研究が多数発表され,そのメカニズムが注目されている。
ハーバード大学(ボストン)公衆衛生学部・栄養および疫学科のEdward Giovannucci教授は,インスリンとインスリン様増殖因子(IGF)-1の上昇が大腸がんリスクを上昇させるとの仮説を提示し,「これまでの動物実験や疫学研究データは,高インスリン血症が大腸発がんに重要な役割を果たすことを示唆している」と述べた。

インスリン抵抗性の代償として分泌量が増加
インスリンは,IGF-1を増加させる一方,IGF結合蛋白(IGFBP)-1を減少させ,さらにMAPキナーゼ/RAS経路を介してインスリン受容体に作用して細胞増殖を促進させる。
同時に,アポトーシスは抑制され,低分子量G蛋白質RASのファルネシル化が促進される。
Giovannucci教授はこのようなモデルを提示し,大腸発がんに至る機序について説明した。
 
それによると,糖代謝をつかさどるインスリンは,インスリン抵抗性が高まり血糖値が上昇すると代償的に分泌が増加し,その結果,インスリンの血中濃度が高まる。
動物実験では,高インスリン血症やIGF-1が大腸発がんの決定因子であることは支持されている。
大腸がんの危険因子として疫学研究に基づいた多数の観察知見が得られているが,そのほとんどがインスリン血中濃度やIGF-1値の上昇に関係したものである。
 
2型糖尿病患者でインスリンやスルホニル尿素(SU)薬を投与している症例では,発がんリスクが上昇し,メトホルミンを使用している例では発がんリスクが低下するとの研究報告もある。
 
IGF-1は強力な増殖因子であるが,がん細胞においては,インスリンとIGFの系は変異やエピジェネティックなイベントを通して"再配線(rewired)"されており,それがIGF-1やインスリンの増殖作用に対する感受性上昇をもたらしている可能性がある。
 
以上から,同教授は「代償性の高インスリン血症やIGF-1の上昇が大腸がんリスクを上昇させるとの仮説は,インスリンやIGF-1の作用に関する現在の認識と一致しており,動物実験でも証明されている」とし,「ヒトに関しては,疫学研究で多数の危険因子が示唆されており,高インスリン血症が大腸発がんにかかわる重要な因子であることが示唆されているが,この知見を確実なものにするにはさらなるエビデンスが必要だ」と述べた。

アジア人はインスリン抵抗性と2型糖尿病発症リスク高い
今や,糖尿病は地球規模の脅威であり,2010年には2億2,000万人が罹患すると予想されている。ハーバード大学公衆衛生学部・栄養学および疫学科のFrank B. Hu教授はアジア人における糖尿病リスクについて,近年の罹患率の推移や他民族との比較,危険因子などのデータを示しながら概説。「同じBMI値でもアジア人のほうが,白人に比べてインスリン抵抗性および2型糖尿病発症リスクが高く,特に東南アジア人とインド人は糖尿病に罹患しやすい」と述べた。

metabolically obese多い
米国では糖尿病有病率が過去10年間で5%から10%に倍増したが,人種間の差が大きく,ピマインディアンやメキシコ系,アフリカ系,日系人の有病率は白人に比べてかなり高い。
国別では,米国と比べて中国や日本の糖尿病有病率はまだ低いが,中国では30年前は1%未満だった罹病率が現在では5%まで上昇しており,日本でも上昇傾向が続いている。
 
7万8,000人の健康な中年女性を20年間フォローし,2型糖尿病罹患リスクを検討した米国のNurses’Health Studyによると,BMIで調整した2型糖尿病発症リスクを白人と比較すると,アジア人の相対リスク(RR)は2.26(1.70〜2.99),ヒスパニック系では1.86(1.40〜2.47),アフリカ系米国人では1.34(1.12〜1.61)であり,アジア人のリスクの高さが浮き彫りになった。
 
しかし,同研究のベースラインでの背景を検討すると,アジア人はBMIが一番低く,食事も最も健康的なものを摂取していることが判明した。
 
アジア人の場合,BMIが5単位上昇すると,糖尿病発症リスクが2.36倍(1.83〜3.04)になり,白人の1.55倍(1.36〜1.77)に比べて大きな隔たりがある。
また,体重が18歳以降で5kg増えるごとにアジア人では糖尿病リスクが84%上昇するが,白人では37%,黒人では38%であった。
このように,白人と比べてBMIが低いにもかかわらずアジア人で糖尿病リスクが上昇しやすい理由の1つとしてインスリン抵抗性の高さが考えられる。

CDKAL1の変異を有する人で糖尿病リスク高い
Hu教授は,アジア人にインスリン抵抗性が多く見られる機序として,
(1)正常体重でも実は脂肪の多い"metabolically obese(やせ肥満)"が多い
(2)「倹約遺伝子」と呼ばれる遺伝子が影響している
(3)生前の子宮内での栄養不足
(4)炭水化物や糖分の多い食事
(5)運動不足―などを挙げた。

2型糖尿病は多くの遺伝子が関与している多因子疾患だが,近年ゲノムワイド解析が可能になり,2型糖尿病と関連する遺伝子変異としてIGF2BP2,CDKAL1,CDKN2A,CDKN2B の4つの遺伝子変異が同定されている。
 
これらのうち,アジア人ではCDKAL1の変異を有する人は糖尿病リスクが高いという。
人種による糖尿病リスクと遺伝子変異の関係を検討するため,同教授は米国のWomen's Health Initiative,英国のBlack Women's Health,中国のShnghai Cohortsの研究者らと協働して6,000例を対象とした研究を計画中であるという。

過体重でさまざまながんリスク上昇
近年,栄養バランスと発がんとの関連性を示唆する疫学データが多数発表されており,過体重(肥満)はがんリスクの上昇に寄与しているとの報告がある(表)。

c0183739_11454132.jpg


ドイツがん研究センターがん疫学のRudolf Kaaks教授は,肥満と乳がん,子宮内膜がん,大腸がん,膵がん,腎がんのリスク上昇との関連性を検討した過去の諸研究を紹介。
発がんに至る機序についても触れ,「肥満はさまざまながんのリスクを上昇させることは明らかだ」と述べた。

メトホルミンでがんリスク低下
肥満は糖尿病の危険因子でもあることから,糖尿病も数種類のがんリスク上昇と相関すると言われている。
高血糖と高インスリン血症が発症機序に関与しているとされ,EPICスタディでは五分位で血糖値が最も高い群で子宮内膜がんリスクがBMI調整後で1.69倍と報告されている。
 
空腹時血糖値とがんリスクとの関係を示した研究はほかにも多数あるが,最近,がん抑制因子としてLKB1が注目されている。
 
LKB1は,細胞のエネルギー状態の重要なセンサーであるアデノシン一リン酸(AMP)活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化因子でもあり,糖尿病治療薬のメトホルミンが,AMPKを活性化し乳がん細胞を抑制するとの報告がある。
 
また,メトホルミンを使用した2型糖尿病患者でがんリスクが低下したとの知見も発表されている。
 
肥満は内因性のエストロゲン値も上昇させることから,これは子宮内膜がんや乳がんの発がん原因となる。
また,卵巣アンドロゲン過剰やプロゲステロン欠乏は子宮内膜がんリスクを上昇させるが,これらも肥満による内因性ホルモン値への影響である。
 
インスリン様増殖因子(IGF)-1の上昇もいくつかのがんリスク上昇と相関することが示唆されているが,これに関してKaaks教授は「肥満と血中IGF-1値には正の相関は認められず,がんとの因果関係は現時点では不明である」と述べた。

出典 Medical Tribune 2009.2.19 (一部改変)
版権 メディカル・トリビューン社
[PR]
by wellfrog3 | 2009-03-29 00:46 | その他
<< パーキンソン病治療の最前線 コーヒー摂取と認知症 >>