ホワイトホールII研究

北里研究所病院糖尿病センター 山田 悟先生の書かれた記事で勉強しました。


見事に提示された糖尿病発症に至る自然史
英国のホワイトホールII研究から

研究の背景:自然史を十分に解明した研究はなかった
2型糖尿病は,遺伝的素因のもとに,インスリン抵抗性の増大が先行して生じ,その後に生じるインスリン分泌不全によってインスリン抵抗性を代償し切れなくなって発症すると考えられている。
しかし,その自然史を十分に解明した研究はなかったと言えよう。
そのようななか,英国の公務員を対象にした前向き観察研究であるホワイトホールII研究が,かなり見事にその自然史を提示してきたのでご紹介したい(Lancet 2009; 373: 2215-2221)。

研究のポイント1:約6,500人の英国人の健診データを後ろ向きに解析
ホワイトホール研究は1967年に始められた英国の公務員を対象とした観察研究であり,英国版フラミンガム研究とも言えるものである。
この研究では,既知の心血管リスク以外に社会階層(上級公務員と下級公務員の差)が死亡率に影響を与えているという興味深い知見をもたらしたのであるが,さらに心血管イベント発生のメカニズムを解明する目的で開始されたのがホワイトホールII研究である。
この研究では,下記のようなスケジュールで糖尿病についての検討(フォローアップ)がなされた。

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当初(第3期)から明らかな糖尿病であった者やHOMA(ホメオスタシス・モデル・アセスメント)の解析に適さない検体を除外するなどして,最終的に6,538人(男性4,642人,女性1,896人,91%が白人)の糖尿病未発症者の血糖やインスリンについての自然経過が解析された。
フォローアップ期間中に505人の糖尿病発症が確認され,この505人(糖尿病診断時期を0年とする)と非発症者(直近のフォローアップを0年とする)とを後ろ向きに比較したのが今回の研究結果である。

研究のポイント2:OGTT2時間値の上昇が空腹時血糖値の上昇に先行
空腹時血糖値と経口糖負荷試験(OGTT)2時間値の推移を見ると,糖尿病の発症(未発症者は直近のフォローアップ時,以下同)にさかのぼること13年前から既に糖尿病発症者の血糖値は非発症者より高値であった(空腹時血糖値98.5mg/dL vs. 94.7mg/dL,OGTT2時間値109.8mg/dL vs. 92.0mg/dL,図1)。

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空腹時血糖値はいずれの群でも年を追うごとに上昇していたが,その上昇の勾配は糖尿病発症者で急峻であった(0.5mg/dL/年 vs. 0.07mg/dL/年)。
これに対してOGTT2時間値は両群とも同様の勾配で上昇していた(0.92mg/dL/年)。

しかし,この状況は糖尿病発症6年前から様相が変化しており,糖尿病発症者では,発症6年前からOGTT2時間値が急に140mg/dL弱まで上昇していた。
この上昇は発症2年前までもう一度平衡状態になっていたが,その後はもう一度急峻に上昇し糖尿病発症に至っていた。

空腹時血糖については,糖尿病発症2年前から様相が変化し,糖尿病発症2年前から急峻に上昇して糖尿病発症に至っていた。

研究のポイント3:インスリン感受性の低下がインスリン分泌障害に先行
こうした血糖値の変動の背景を検討するべくHOMAのデータ※を見てみると,糖尿病発症13年前から既に糖尿病発症者のインスリン感受性は非発症者より障害されており,代償的にインスリン分泌は亢進していた(図2)。

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インスリン感受性は両群とも同様に低下していたが,糖尿病発症5年前から糖尿病発症者のみインスリン感受性の低下が急峻になっていた。
これに応じるかのように,長らく両群とも一定に維持されていたインスリン分泌能は,糖尿病発症4年前から糖尿病発症者のみで急峻に上昇したが,2年前からは低下し始め,糖尿病発症の時点では既に非発症者よりも低くなっていた。

山田 悟先生の考察:2008年の空腹時血糖正常値の上限変更は妥当だった
既存の研究で仮説として言われていたことが,ほぼそのまま証明されたようなグラフになっている。

糖尿病非発症者でもインスリン感受性が徐々に低下し, OGTT2時間値が徐々に上昇することは,経年的な筋肉量の減少や体脂肪の増加によるものなのであろう。
しかし,これらの変化はある程度までインスリン分泌によって代償されるので,非発症者では血糖値の上昇はきわめてわずかに抑制されている。

これに対して,当初からインスリン感受性が低い糖尿病発症者では,発症6年前から追加分泌能が極端に悪くなりOGTT2時間値が上昇,その結果なのか,発症5年前からインスリン感受性の悪化が加速し,発症4年前から空腹時血糖の上昇を抑制するための空腹時インスリンの需要がきわめて高くなり,発症2年前にその負担にβ細胞が応じ切れなくなって糖尿病発症に至る,というストーリーのようである。

時に健診で血糖異常を指摘されて外来を受診される方がおられる。
この研究で明らかにされた発症までの経過を考えれば,空腹時血糖値やOGTT2時間値が異常というだけで,糖尿病発症の直前ということがわかるし,この時点で積極的な治療(生活習慣介入)を実施しなくては,糖尿病発症から逃れられないことは当然であろう。
OGTT2時間値が140mg/dL超というのは,糖尿病発症まで2年を切っている可能性があるのである。
ゆめゆめ経過観察などと判定してはならないわけである。

そのように考えると,昨年(2008年),日本糖尿病学会が空腹時血糖の正常基準を100mg/dL未満とし,100~109mg/dLを正常高値と区分し直したことには,一定の価値がありそうである。

※この研究におけるHOMA指数はHOMA2計算ソフト(無償でオックスフォード大学から得られる)によって計算される指標である。
 
一般に使用されるHOMA指数では,インスリン抵抗性をHOMA-R=〔空腹時血糖値(mg/dL)×空腹時インスリン値(μU/mL)/405〕で,インスリン分泌能をHOMA-β=〔空腹時インスリン値(μU/mL)×360/(空腹時血糖値(mg/dL)-63)〕で求めるので,手計算が可能である。
 
しかし,HOMA2はもっと複雑な系(インスリン分泌,糖代謝,プロインスリン分泌,糖の尿排泄)を取り込んだホメオスタシスモデルで,コンピュータでないと計算できないようである(Diabetes Care 1998; 21: 2191-2192)。
 
一般のHOMA指数では,血糖値81mg/dL,インスリン値5μU/mLだとHOMA-R 1.0,HOMA-β 100と正常値になるのであるが,このHOMA2計算ソフトにこの数値を打ち込むと,HOMA2-%S 157.6,HOMA2-%B 88.2という数値が得られる。どうやら正常値も異なるらしい

出典 MTpro 2009.9.24
版権 メディカル・トリビューン社


<関連記事>
糖尿病診断基準に新判定区分
空腹時血糖値100~109mg/dLを「正常高値」に
空腹時血糖値による糖尿病の診断基準に新たな判定区分が設けられることになった。
日本糖尿病学会が委員会報告としてホームページに掲載したところによると,これまで正常域としていた空腹時血糖値110mg/dL未満のうち,100~109mg/dLは「正常高値」とするのが適切だという。

http://www.jds.or.jp/jds_or_jp0/uploads/photos/354.pdf

同学会では空腹時血糖値で正常高値と判定された場合は,経口糖負荷試験(OGTT)による診断を行うことなどを推奨している。

正常域と境界域との閾値引き下げの是非は国際的にも議論続く状況
わが国の糖尿病の診断基準は1999年に日本糖尿病学会が改定したものが広く用いられてきた。
それによると,空腹時血糖値126mg/dL以上またはOGTT2時間値200mg/dL以上を「糖尿病域」,同様に110mg/dL未満または140mg/dL未満を「正常域」と規定したうえで,
(1)空腹時血糖値,OGTT2時間値のいずれかが糖尿病域の場合を「糖尿病型」,
(2)いずれも正常域の場合を「正常型」,
(3)糖尿病型にも正常型にも属さない場合を「境界型」と判定する。
 
なお,糖尿病と診断するためには,別の日に行った検査で糖尿病型が2回以上認められる場合,1回の検査で糖尿病型と判定され,かつ糖尿病の典型的症状,HbA1c6.5%以上,明らかな網膜症状のいずれかが認められる場合としている。

今回発表された「糖尿病・糖代謝異常に関する診断基準検討委員会報告」の骨子は,空腹時血糖値による判定区分「正常域」のうちの100~109mg/dLを「正常高値」と亜分類しようというものだ(図)。

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2003年以降,空腹時血糖値における正常域と境界域の閾値を引き下げることの是非が議論されてきた。米国糖尿病学会(ADA)の新基準,国際糖尿病連合(IDF)のメタボリックシンドロームに関する基準,米国コレステロール教育プログラムの成人治療パネル(NCEP-ATP III)の新基準では100mg/dL未満を正常域としたのに対し,European Diabetes Epidemiology Group(EDEG)は現時点では100mg/dL未満に引き下げる十分な根拠がないとして,変更を見送っている。
また,世界保健機関(WHO)もEDEGの立場を踏襲している。

正常高値者にはOGTTの実施を推奨
今回の委員会報告では,正常域と境界域との閾値を110mg/dLから100mg/dLに引き下げた場合のメリットとデメリットが整理されている。
 
それによると,メリットとしては,
(1)110mg/dL未満であっても,100mg/dL以上の場合は100mg/dL未満に比べ,糖尿病への移行率が高い,
(2)空腹時血糖値100~109mg/dLの者のうち25~40%がOGTT2時間値では境界型や糖尿病型と判定される,
(3)空腹時血糖値100 mg/dLはOGTT2時間値での境界型との閾値である140mg/dLにほぼ対応する
―などで,基準値引き下げにより糖尿病や糖尿病への移行リスクが高い者の見逃しを防止できることが要点だ。
一方,デメリットとしては,糖尿病に悪化するリスクがそれほど高くない者まで境界域と判定されることが挙げられている。

これらの点を踏まえ,委員会が示したのは「空腹時血糖値100~109mg/dLは正常域ではあるが,正常高値とする」という見解。
いわば,閾値引き下げに関する国際議論の中庸を取ったと見ることもできる。

委員会では正常高値と判定された場合は,OGTTを行って正常型,境界型,糖尿病型のいずれに判定されるかを確認することを推奨。
OGTTが行われるまでは個々の病態や経過に応じて適切な生活習慣や肥満の是正などを行うべきだと提案している。

出典 MTpro 2008.6.11
版権 メディカル・トリビューン社


<番外編> 
最近サクシンとサクシゾンを間違える医療ミスが取り上げられています。

ソルコーテフに過敏の患者もあり、喘息が悪化することは知られています。
そのことは添付文書にも掲載されています。
#ソルコーテフをショック症例に一律に使用するのは危険
ソルコーテフはコハク酸エステル型であり、サクシゾン、水溶性プレドニン、ソル・メドロールと同様、喘息の悪化を来すことがあり、特にアスピリン喘息には禁忌とされています。
また、ソルコーテフは防腐薬としてのパラベンが添加されており、水溶性ハイドロコートン、デカドロン、リンデロンと同様、静脈内投与で過敏反応がみられることが指摘されています。
したがって、緊急使用に際しては、リン酸エステル型でパラベンが添加されてなく、短時間作用型のものが最良と思われますが、残念ながらこの条件に合致するステロイド薬はありません。
 
また、ソルコーテフはコハク酸エステル型であり、かつパラベン含有でありますので、救急での使用ではパラベンを含有しないサクシゾンあるいはパラベン含有であってもリン酸エステル型(水溶性ハイドロコートン、デカドロン、リンデロン、など)がより安全と考えられますが、それぞれの過敏反応の頻度は不明であります。

出典 
社団法人日本化学療法学会:従来の抗菌薬投与に関連するアナフィラキシー対策のガイドラインQ&A
http://www.chemotherapy.or.jp/journal/reports/hinai_anaphylaxis_qa.html

<参考>
ソル・コーテフ投与による過敏反応(アナフィラキシーショックを含む)
http://pro-info.pfizer.co.jp/04_1_solu_cortef/faq.html



ソル・コーテフ注射用100mg
一般名:コハク酸ヒドロコルチゾンナトリウム注射用 メーカー:ファイザー
サクシゾン100(ジェネリック薬品) 
一般名:コハク酸ヒドロコルチゾンナトリウム注射用 メーカー:興和



<きょうの一曲> 枯葉Cannonball Adderley feat. Miles Davis " Autumn Leaves"
http://www.youtube.com/watch?v=PPHtQn1t1n4&feature=related

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by wellfrog3 | 2009-09-29 00:14 | 糖尿病
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