平成19年国民健康・栄養調査によると,わが国のメタボリックシンドローム(MetS)有病者数は約1,070万人と推計されています。
この大規模なハイリスク集団をいかに管理し,心血管病の発症を未然に防ぐかということが,臨床上かつ社会的に重要な課題となっています。 MetSには,糖代謝異常が高率で併存しています。 それが糖尿病の前段階である耐糖能異常であっても,その存在により心血管リスクを高めることが明らかになっています。 きょうはMetSと糖尿病,心血管病との関係に関する最新知見と,MetSを伴う2型糖尿病に対する効果的な治療法について語られた座談会の記事で勉強しました。 座談会 メタボリックシンドロームを伴う2型糖尿病患者の血糖管理方法 寺内 康夫 氏(司会) 横浜市立大学大学院分子内分泌・糖尿病内科学教室 教授 島袋 充生 氏 琉球大学第二内科 講師 小川 晋 氏 東北大学大学院腎・高血圧・内分泌学分野 講師 林 哲也 氏 大阪医科大学内科学III(循環器内科) 准教授 メタボリックシンドロームと糖尿病および心血管イベントの発症 日本人糖尿病患者の5割はMetSを合併 寺内 最初に,MetSと糖代謝異常の関係について,島袋先生から説明をお願いします。 島袋 MetSと糖代謝異常には強い相関があります。 Nakanishiら(2004)は,日本人男性の糖尿病新規発症率はMetSの構成要素(高血糖・腹部肥満・高血圧・脂質代謝異常・蛋白尿・白血球数)を多く持つほど高いことを報告しています。 また,MetS症例のリスクは非MetS例の3〜5倍も高率であること,米国では糖尿病患者の約7割が,日本では2人に1人はMetSであることが報告されています。 寺内 欧米に比べて頻度が低いのには,理由があるのでしょうか。 島袋 考えられる理由の1つはインスリン分泌能の人種差です。 欧米人に比べ,日本人はインスリン分泌能が比較的低い状態で糖尿病を発症するため,インスリン抵抗性型の糖尿病が少なく,おのずとMetSの割合も低いのだと思います。 MetSが存在するとなぜ糖尿病や心血管イベントが起こりやすいのか 寺内 MetSが存在すると,糖代謝異常が起こりやすいのはなぜでしょうか。 小川 内臓肥満があると,脂肪細胞が産生するTNF-α量が増加し,アディポネクチン量が低下します。 そのため,インスリン抵抗性が亢進し,高血糖を起こしやすくなります。 また,内臓脂肪の蓄積は,門脈内の遊離脂肪酸(FFA)濃度の上昇をもたらします。 FFAは肝臓でのインスリン抵抗性を高め,食後の糖放出を亢進させるため,食後高血糖が促進すると考えられています。 島袋 サイトカインや脂肪酸はいろいろな臓器に影響を及ぼしますので(図1),血糖以外の心血管リスクファクターも修飾されます。 小川 その通りです。 血管内皮ではリポ蛋白リパーゼ(LPL)活性が低下し,HDL-C低値となります。 また,肝臓ではVLDL合成が促進され,トリグリセライド(TG)高値となります。 さらに,代償性の高インスリン血症によって腎におけるNa再吸収が促進され,食塩感受性高血圧も惹起されます。 寺内 内臓肥満と糖代謝異常,脂質異常症,高血圧というMetSの4つの構成要素が「死の四重奏」を奏で,心血管リスクが高まるわけですね。 軽微なリスクも集まればハイリスクに 小川 私は,「内臓肥満」を四重奏の必須項目にすることには疑問があります。 むしろ内臓肥満に固執するのは日本人では危険であり,枠外に出してもよいのではと考えています。 寺内 肥満を外すのですか。 小川 はい。肥満はMetSの重要な原因の1つですが,日本人ではそれほど太っていなくても,これらのリスクが重複している人が少なくありません。 ですから,肥満の代わりに慢性腎臓病(CKD)を加えるほうが理にかなうと思います。 私はこれを「新・死の四重奏」と呼んでいます。 また,MetSでは個々のリスクは軽くても,その累積が心血管イベント発症に大きく影響することから,より軽微な異常の「新々・死の四重奏」という概念を考えています。 これは糖代謝異常なら食後高血糖,CKDなら微量アルブミン尿,高血圧なら早朝高血圧,脂質異常症なら食後高TG血症で十分なリスクとなるという考え方です(図2)。 しかし,「新々・死の四重奏」は,ルーチンな検査ではまず見つかりません。 どこにも異常が見あたらなかった人がある日突然心筋梗塞を起こすといった事態を回避するためには,食後血糖や早朝血圧をもっと積極的に測定する必要があると思います。 林 早朝血圧よりも,夜間血圧のほうが予後に影響すると思うのですが。 小川 おっしゃる通り夜間血圧のほうがベターです。 早朝血圧のほうが,24時間自由行動下血圧測定(ABPM)が必要な夜間測定に比べて家庭で簡単に測定できるため,こちらを選びました。 睡眠時無呼吸があれば心血管リスクはさらに上昇 寺内 夜間といえば,林先生は睡眠時無呼吸症候群(SAS)と心血管疾患の関連について研究されています。 林 SASが生命予後に影響することは,かなり以前から指摘されています。 例えばHeらは1988年に,無呼吸指数(AI)が20を超える中等度以上のSAS患者の生命予後は,AI≤20の患者に比べて明らかに劣っていることを報告しています(図3)。 寺内 MetSなど肥満の人にはSASが多いと言われていましたしね。 林 実際,SAS患者の8割以上はMetSを合併していると言われています。 しかし一方で,間歇的な無呼吸・低酸素状態が存在すれば,肥満がなくても脂質代謝の異常が起こるという報告もあります。 そこで私たちは,循環器疾患を伴わないSAS患者に心エコー検査を行い,SASが心機能に及ぼす影響を検討しました。 その結果,無呼吸の程度と心筋の収縮予備能の間には負の相関が認められました(図4)。 さらに,糖尿病ラットに間歇的な低酸素刺激をかける実験では,通常大気下に比して心筋の線維化と肥大が著明に進行していることがわかりました(図5)。 すなわち,SASに伴う間歇的な低酸素負荷は酸化ストレスを亢進させ,これが高血糖に伴う酸化ストレスの亢進と相まって心血管障害を進行させるものと推測されます。 寺内 いったんそうなってしまうと,その悪循環から抜け出すことは難しそうですね。 メタボリックシンドロームを伴う2型糖尿病の特徴とその管理 個々のリスクが少しずつ集積するMetSには各リスクを少しずつ改善する薬剤を 寺内 次に,MetSを伴う糖尿病患者の治療に話題を移したいと思います。 小川先生,MetSや「新々・死の四重奏」は,軽微な異常の積み重ねだということでしたが,それを是正する策はありますか。 小川 私はアカルボースなどのα-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)に期待しています。 α-GIはHbA1C低下作用はさほど強力ではありませんが,MeRIA7(Meta-analysis of Risk Improvement under Acarbose-7)というメタ解析により,アカルボースによって糖尿病患者における心筋梗塞の相対リスクが64%,すべての心血管イベントの相対リスクが35%も抑制されたことが報告されています。 寺内 MeRIA7のデータを見ると,確かにHbA1Cは劇的に低下しているわけではありません。 しかし,食後血糖は著明に低下していますし,空腹時TG値や体重,血圧も少しずつ低下していますね(表)。 小川 この成績からも,アカルボースは,個々のリスクが少しずつ積み重なるMetSを伴う糖尿病患者の治療に適していると考えています。 アカルボースの内臓脂肪・脂質代謝に対する影響 寺内 島袋先生は,アカルボースが内臓脂肪に影響を及ぼすというデータをお持ちだそうですね。 島袋 アカルボースで3か月間の治療を行った患者さんのCT上の腹部脂肪面積の変化を,食事・運動療法群と比較しました。 その結果,アカルボース群では食事・運動療法群に比して,明らかに内臓脂肪が減少しています。また,皮下脂肪も減少する傾向にありました。 寺内 その結果について,どのようなメカニズムを想定されますか。 島袋 1つには,食後の血糖上昇を抑えることによるインスリン分泌抑制が効いている可能性が挙げられます。 もう1つ考えられるのは,食後高血糖抑制が内臓脂肪の消費に働いていることです。 寺内 では,脂質代謝に対する影響はどうなのでしょうか。 この点について,小川先生はより直接的にアカルボースの脂質への影響を検討されています。 小川 ビグアナイド(BG)でTGが下がるということは以前から言われていますが,α-GIにも同様の効果があります。 しかし,なぜそうなるのかは謎でした。 そこで検討したところ,アカルボースの単回投与によってVLDLは低下しませんでしたが,食後のカイロミクロンの上昇が著明に抑制されることがわかりました。 つまり,食後のTG上昇の抑制は,カイロミクロンの上昇抑制に基づくものと考えられます。 また, 8週間の継続投与後には,VLDLは空腹時から食後まで一貫して低下しました。 これにより,空腹時TGについても低下がもたらされたのだろうと思います(図6)。 なお,食後のカイロミクロンを抑制する機序は不明ですが,in vitro 実験により,アカルボースによる腸管細胞におけるカイロミクロンの吸収抑制が示唆されています。 また,インスリン抵抗性の改善や高インスリン血症の是正,食後の門脈内グルコース濃度の低下などが,空腹時TG低下をもたらす機序として推測されています(図7)。 アカルボースは,こうした多彩な機序を介して空腹時のみならず,食後のTGの上昇も抑制するのではないかと期待しています。 酸化ストレス軽減を介したアカルボースの心血管系への影響 林 アカルボースは,酸化ストレスの軽減という点においても有望な選択肢だと思います。 私たちは, (1)自由に摂食させたマウス(AL群), (2)食餌を1日2回に制限し,食後高血糖状態を模したマウス(PPG群), (3)アカルボース80mg/kgを投与したうえで食餌を制限したマウス(PPG+α-GI群) を用意し,それぞれを二分して一方は通常大気下,もう一方は間歇的な低酸素刺激下に置きました。 つまり,計6群の比較を行ったわけです。 その結果,各群の心拍数や血行動態に違いは見られませんでしたが,心筋組織を観察すると,低酸素刺激下に置いたPPG群では心筋細胞の有意な肥大が認められ,この所見はアカルボースの投与によって抑制されました。 また,間質の線維化や核の陥凹・空胞化などの所見も,アカルボースの投与によって抑制される傾向にありました。 さらに,血中の過酸化脂質レベルや左室心筋の活性酸素種産生は低酸素負荷に伴い有意に増加しましたが,いずれもアカルボースにより有意に抑制されました。 以上より,アカルボースは食後高血糖を抑制すると同時に酸化ストレスの亢進を抑制し,心筋肥大や間質の線維化の進行を抑えるものと考えられます。 寺内 酸化ストレスが亢進する食後高血糖+低酸素負荷の状況下において,アカルボースは特に期待できますね。 島袋 アカルボースの心血管系への作用について,私たちは血管内皮機能の点から検討を行いました。 アカルボースを単回投与した患者さんの食後の血糖値変化と,内皮機能の指標となる前腕血流量(FBF)を見たところ,アカルボース群では食後の血糖上昇が抑えられ,FBFの低下も認められませんでした(図8)。 つまり,アカルボースによる血管内皮機能の保持が示されたのです。 これにも食後高血糖改善による酸化ストレスの亢進抑制が関係していると思われます。 小川 酸化ストレスが亢進すると,アンジオテンシンII(A II)値が上昇し,高血圧や腎障害も進行します。 さらに,A II受容体のアップレギュレーションも起こり,いっそう酸化ストレスが亢進するという悪循環が形成されます。 食後高血糖と食後高インスリン血症を是正し,この悪循環を断ち切るアカルボースには,心・腎・血管に対する総合的な保護作用が期待できると思います。 寺内 血糖低下作用だけでなく,その背後に潜むさまざまな代謝異常に対するアカルボースの作用は,もっと注目されてしかるべきです。 私自身,今日のディスカッションを通じて,その点を強く再認識いたしました。 出典 Medical Tribune 2009.3.19 (一部改変) 版権 メディカル・トリビューン社 他にもブログがあります。 ふくろう医者の診察室 http://blogs.yahoo.co.jp/ewsnoopy (一般の方または患者さん向き) 葦の髄から循環器の世界をのぞく http://blog.m3.com/reed/ (循環器科関係の専門的な内容) 「井蛙内科/開業医診療録(2)」2008.5.21〜 http://wellfrog2.exblog.jp/ 井蛙内科開業医/診療録 http://wellfrog.exblog.jp/ (内科関係の専門的な内容)
by wellfrog3
| 2009-04-05 00:30
| 糖尿病
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